及川廣信出演情報 June 24, 2011
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6月26日(日)午後、早稲田大学で開催される第二回舞踊学フォーラム:追悼企画「舞踏家大野一雄 記憶のアーカイヴ」に、及川廣信が出演する。
15:15~ 講演「大野一雄の舞踏について」
17:30~ 対談 大野慶人+及川廣信 (司会:國吉和子)
詳しくは上記リンク先のWebをご参照ください。
震災:関係者の状況 March 28, 2011
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判る範囲で、念のため記しておきます。
敬称略。
星野共 無事(福島)
嶋津武仁 無事(福島)
斉藤文春 無事(宮城)
豊島重之 無事(青森)
豊島和子 ご逝去
「村への遊撃」残照 December 29, 2010
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及川廣信主宰のアルトー館サイトに、「村への遊撃 ー黒田喜夫に」の記録写真が数点アップされた。スコマニでも、重複しない画像を、取り急ぎ掲示する。
村への遊撃 December 3, 2010
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2010年9月18日(土)16時30分〜、八戸市美術館二階ホールに於いて、及川廣信ソロダンス「村への遊撃 ー黒田喜夫に」は公演された。
それから二ヶ月半が経過しようとしているが、妄想子は依然として妄想を纏められないでいる有様だ。その後も含め、「村への遊撃」については後記するものとしたい。
幽霊の薄闇 August 24, 2010
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明日8月25日(水)と翌26日(木)の夜、及川廣信がダンス出演するイベント(インスタレーション&ダンスパフォーマンス)が東京で催される。
このイベント自体の発案者は(連続して開催していることもあり)大串だと思われるが、副題の「内宇宙」という辺りには、及川の現在の関心との接点も見受けられる。タイトルにある「幽霊」という言葉からも、何やらデリダを想起させられるではないか。
先にモレマニで触れた豊島和子に対しても、たとえば「「内的」なダンス=「皮膚の境界線上」のアリア」と題された(モレキュラーシアターに関する)テクストの中で、
彼女(豊島和子)の「内的」な踊りが源流であった。それは、内的と言ってもモダンダンスの心理的情緒でも、舞踏の内臓的なものでもなく、メソッドとしてのものでもなく、それこそ精神分析のキーワード「対象a」につながる、彼女自身が持つ、皮膚の境界線上にある「内面の写し絵的」踊りの手法であった。
と書き、近く某誌に掲載予定の大野一雄追悼文の中で、
大野さんは、結局、からだの中心の“管”と、内と外の境界線の“皮膚”のうえで、原初の虚空(こくう)に戻ろうと自分の思いのタケを花火のように打ち上げて、土を踏んで舞っていたのではないでしょうか。(妄想子略)大野さんの踊りは、体内の仙骨と掌と指をよく使っていました。即興的な踊りが基本で、じぶんの今の瞬間がどのように周囲と他物とに関わりを持ってすすむかを、脳中の意識からでなく、不随意筋の下に埋もれている知覚の動きから決めていたようです。
と書いた及川は、今回の「幽霊の抛物線」そして来月のICANOF「KwiGua展」での「村への遊撃」に於いて、如何なる「戦意」を垣間見せてくれるのか、期待が高まる。
八戸での「村への遊撃」公演に対して、及川は月村敏行「沈黙のナショナルーー黒田喜夫補論」を題材に以下のような指摘をしている。所収はすべて妄想子宛私信である。
八戸は今でも天保時代の飢えの時代の恐怖がいまだに染み込んで、それが市民に自由に羽ばたくことを阻止している気風があります。黒田氏の特質は、月村(敏行)氏が言うように想像意識と生活現実の背反対立なので、それが私が今度「村への遊撃」として取り上げた原因なのですが、その月岡氏の想像意識と飢餓との関わりの分析が私とはちょっと違うようです。ただし、風土的な飢餓が、一方で飢餓意識を育てることも確かです。そして、それとの関わりで月村氏が「ーーーーーーいわば飢餓に迫られた自然状態としての抜きがたさにおいて表現せざるをえないのだ。それはすべてを生物の次元に還元しうることと同じである」と言っていますが、これは今度の作品で私が取ろうとしている身体表現と同一です。私の今度の作品は身体でそれらのすべてを表現出来るかいうことで、林の中とか原っぱ、川の流れ、又の風土的な実感と、また前述する愛着と攻撃の対立する心理が描けるか、という問題です。ここでいう「表現」は、もちろん「認知表象」を含んだ意味ですが。
厳しい闘いの薄闇が仄かに見えてくるようではないか。
幽霊も薄闇=逢魔時に徘徊するのである。
黒田喜夫の「精神的な飢餓、あるいは飢餓の精神的側面を重視し、その構造を分析し、そこから独自のスターリン主義批判の論理を錬成していった(鵜飼哲)」といった思想の流れを、今日、身体(性)にアクチュアルに切り結ぶことを試みる動きがあるのかどうか寡聞にして妄想子は知らないが、今回の及川の「非在を未生に変える闘い(豊島重之)」には、その一端が閃かされるに相違ない。
及川の「村への遊撃」は五場で構成されるという。この五は五行=木火土金水への写像らしい。八戸で五行と言えば、想起されるのは安藤昌益である。
然し乍ら、安藤昌益を妄想ブログ記事で取り上げるのは余りにも峻しいことなので、素材をひとつ提示するに留めたい。
最近入手した小冊子「八戸地域史」(八戸歴史研究会)の中に、近藤悦夫による「安藤昌益の思想形成過程における新知見」というテクストが含まれている。昌益思想が如何にして直耕思想(「自然真営道」)に辿り着いたかに関わる研究の一環として、安藤昌益と目される「安氏正信」という人物の手による「暦ノ大意」と「自然真営道」の中間に位置すると想定される文献を取り上げたものだ。このテクストによると、夢遊上人が守西上人に宛てた「北海山主見恵書」という書簡の直後に掲げられている筆録(延享二年)に、
五運 天一水地二火天三木地四金天五土ニ二気アリ十干ト成ル
とあり、近藤は、
「暦ノ大意」では〈自然の一真気から生まれた天の五気が地上に降りて、木・火・土・金・水の陰陽・五行の形となり、五運としてめぐる〉。それを十干に配当すると、〈「甲・乙」は「木気」、「丙・丁」は「火気」、「戊・己」は「土気」、「庚辛」は「金気」、「壬・癸」は「水気」〉で、〈「甲・丙・戊・庚・壬」は「陽」、「乙・丁・己・辛・癸」は「陰」〉であるとしている。
のに対して、上記「北海山主見恵書」からの引用では、
「五運は、天の水、地の火、天の木、地の金、天の土の五つで、それぞれにニ気があるので十干となる」と、五行を「天・地」に分類・配当しており、思想の後退とも思える混乱がある。
これらは妄想子如きの分析を固く阻むものだが、ここにも「隙間の薄闇」のようなものが拡がっているような心持ちを覚える。いまは、非在と未生の隙間にも漂っているであろう薄闇に向かって、躓きながら歩みを進めることしかできない。
あいであった February 28, 2010
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前に書いた記事で触れた「アイデアル洋傘」の後期コマーシャル=及川氏という件につき、物証を入手した。下記の画像がそれだ。これは最早間違いない。
この画像は、本日アルトー館で公開された「アルトー館通信」第1号(1966)のPDFから見つけたもので、表3がこの広告になっていた。
再起動 February 17, 2010
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再起動のための2月16日の講演資料は、アルトー館にて公開された。
刮眼して2月16日を待つべし February 8, 2010
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及川廣信氏が、フランス留学からドゥクルーとアルトーとを携えて帰国してから、半世紀が経過した。
この間、及川氏は、様々な現代アートの潮流を俯瞰しながらも、東洋の、特に日本密教と中国武術における思想および身体性をはじめ、ベンヤミン、ラカンなどの思想および方法論なども参照し、かつ自ら実践することを通して、独自の芸術哲学と技法を編み出してきた。
その一端は、及川氏が演出あるいは制作してきたもの、たとえば土方巽、大野一雄、大野慶人、勅使川原三郎、石井満隆、田中泯、岩名雅記、モレキュラーシアター、解体社など様々なアーティストの作品や、氏がひとつの「磁場」となって引き起こされたムーブメント=日本の「パフォーマンス」における結節点たる「ヒノエマタ」フェスティバル(いまになって思えばブラック・マウンテン・カレッジに類するようなイベントだった)「東京アートセレブレーション」「桐生芸術家会議」などや、ヤン・ファーブル「劇的狂気の力」招聘公演などの活動にも現れていると言えるだろう。
そんな及川氏が、いま「アルトーの新しい解釈、再認識、新たな研究が必要」だとして始動した。2010年2月16日(火)神楽坂で、我々はそのごく一部に触れることが可能になるかも知れない。この機会を逃す手はない。
あれから25年・・ February 2, 2010
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シュウゾウ・アヅチ・ガリバー EX-SIGN展
滋賀県立近代美術館開館25周年記念
死刑制度と豚饅頭 September 16, 2009
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作・演出:萩原雄太
妹:清水穂奈美
母:西尾文
父:爺隠才蔵(箱庭円舞曲)
会長:井黒英明
詩人:中西彩華(集団たま。)
劇団、いや演劇カンパニー「かもめマシーン」による『家族』公演を観る機会があった。公演時に配布されたリーフレットに、Special Thanksとしてアフタースコピオの及川廣信氏の名前が書かれていることに気づいたので、ここスコマニに、この作品についての妄想を記すことにする。
いまさら繰り返すまでもなく、妄想子は演劇(論)の門外漢である。演劇のみならず、身体(論)/身体によるアートについても門外漢である。よって、それらの観点からの妄想を書くことはしない。そもそもこのブログは批評の場ではなく、批評の言葉が書かれることはない。
演劇あるいは身体性の観点からの批評などは、すでに開始されている及川氏の連載批評や志賀信夫氏のブログ記事をはじめ、他の情報源から得ることができよう。
次元や状況等は異なるものの、『家族』における「母」「妹」と「類似」した体験を持つ妄想子にとっては、襞々を延ばしてざらっとした舌で舐められた上に、その奥底に沈んでいた記憶の粒を舌先で穿り出されるような感触を受けることにもなり、ある意味新鮮な気分で観ることができた。
この作品は、公演前に「戯曲」が公開されていた。脚本や台本でなく「戯曲」としている点に、まず萩原のスタンス(の切片)を読むことができる。
実際の公演とこの戯曲との間には、大きく異なるところがある。もちろん、萩原も前提しているように、戯曲がそのまま公演されるわけではないだろうし、上演台本と異なることも了解するが(テクストと上演の問題はここでは横に置くとして)、この提示された戯曲をテクストとして読んで妄想してみるべきだろう。

ここでは、戯曲『家族』について詳細にアナリーゼすることは横に置いておくが、ひとまず触れておきたい点に、戯曲『家族』において、萩原の創作意図を垣間みるためのキー(のひとつ)と思われた登場人物のひとり「詩人」が、「資本論第一巻を暗記して音読している人物」ではなく、明確に聞き取れる音声を発しない「精神疾患を有していると思しき浮浪者」「然」として演出されていたことがある。このため、戯曲を読んでから公演に行った妄想子の思考フレームは、実時間での修正を余儀なくされた。
萩原は、「かもめマシーン」の前々作『喜劇/一幕』(2008.03)および劇団「集団たま。」が上演した萩原作品『UFOを呼ぶ(仮)』(2008.09)で、一貫して「日常」「社会」「家族」といった概念/状況に対する問題提起を行っている。これらは取りも直さず後期(情報)資本主義社会におけるそれであろうし、萩原の問題提起も同じ状況下にあることを自覚して行っているものと思われる。とすると、本作で試みられる「資本論」の併置については、それによって表明されるであろう萩原の資本論の批評的読解と戦略を見ることになるかと想像していたのだが、早々に裏切られることになったわけだ。しかし、これも(これこそが)萩原の戦略であったのかも知れない。
大きなイベントが発生しないままに、舞台は静かに進行していく。暗転時に含め俳優は舞台装置の背後にある二箇所から、浮遊するかのように繰り返し出入りをする。この流れの中にいることで、「サミュエル・ベケットのために」の作曲家モートン・フェルドマンの(1980年代以後の)作品が備える静謐性に近い印象を受けた。
だが、同時に以下のジジェクの一文も頭を過ぎった。俳優の入退場を反復/反覆と捉えることは演劇の世界には存在しない視点なのかも知れないが。
こうして生成は、厳密なまでに、反覆概念と相関的である。ドゥルーズ固有のパラドクスは、〈新たなるもの〉の出現に対置されるどころか、真に、〈新たな〉何ものかは反覆をかいしてのみ出現可能であるという点にこそ潜んでいる。反覆が〔反覆として〕繰り返すことは、過去が「実際そうであった」ようなあり方における或ることではなく、過去に内在し、過去におけるその現勢化によって裏切られた、潜勢性である。こうした厳密な意味において、〈新たなるもの〉の出現は過去それ事態に変化をもたらすことになる。言い換えればそれは、本当にあった過去を変化させるのではなく過去において現勢したものと〔それをもたらした〕潜勢性との釣合に遡及的に変化をもたらすのである。(『身体なき器官』スラヴォイ・ジジェク/長原豊訳/河出書房新社)
私が知る限り、前作までの萩原は比較的「雄弁」な傾向にあったように思う。これは必ずしも台詞などにおける話ではない。ところが本作の戯曲および上演では、演出挨拶でこそ色々と語っているように見受けられるが、作品の中での会話は「抑え」られている。これによって、逆に「語る」ことの水位が上昇したようにも感じた。
だが、八角聡仁が、
何かを語る、何かについて語るということは、その「何か」を提示すると同時に、それを隠蔽してしまうことでもある。現実を別のものに置き換えることによって、当の現実を見えなくしてしまうという危険が付きまとっている。だとすると、「何か」について語りながらも、その「何か」を語ることに対して距離を置いて観察するようなスタンスに必要となってくるはずである。(中略)読むことも書くことも、テクストが自己同一的に閉じていくことから身を引き離すような姿勢が求められることになる。(『手袋のポエティクス/ポリティクス』八角聡仁/舞台芸術11号特集:ジュネの言語からダンスの身体へ)
と書いているように、萩原が語ろうとしたもの/突きつけようとしたものおよび上演は、「テクストが自己同一的に閉じていくこと」に対して如何なる戦略をとっていたのだろうか。まだ考えはまとまらない。
同じく考えがまとまらないものに「視線」がある。
作品の途中に、ひとりダイニングテーブルの椅子に座っていた母親が静かに退場していく場面があるが、その際「椅子を引いて立つのではなく」椅子を動かさないように「腰を浮かし膝を使って椅子とテーブルの隙間を抜けて立つ」という演技=行為が見られた。この場面では、薄暗い照明の中で蠢く母親の臀部に目がいくように(結果として)仕向けられたように思う。もし、これが演出による演技であるとするなら、本作品における記号としての意味のほかに、男性的な(欲望)視線をも招来したようにも思われるが、これは単に妄想子自身がそうした視線で眺めたに過ぎないのかも知れない。だが、椅子を動かさないように経つ場合、「ふつう」は尻を軸にして身体を回して横に出る(立つ)ことが多いだろうし、椅子を動かさずに座る場合も、まず尻を座版に乗せてから下半身を机の下に滑り込ませるのではないか。
期せずして、
男性の視線の中に現われた欲望の権力構造を批判しうるものか男性の視線の快楽の犠牲者でしかないものとしての女性の肉体が置かれている状況の構造化
(『現代アメリカ演劇 オルタナティヴ・シアターの探求』セオドア・シャンク/鴻英良訳/訳者あとがきより)
といった観点を喚起された。
萩原は、上記リーフレットの演出挨拶で、次のように書いている。
死刑制度について考えるとは、とりもなおさず我々の日常について考えることなんじゃないだろうか。
我々が生活している日常のその同時刻に、誰かが処刑場に向かっているかもしれず、誰かが革ひもに首を括りつけぶら下げられているかもしれない。それは、あくまで我々の日常の内部で起こっていることなのだろう。遠い国の戦争や猟奇殺人と根本的に異なるのは、それが我々の社会を(是非はあるが)よりよいものとするために執行されているからだ。難しい話、社会成員としては、その執行に対して責任を負わなければならない。
タイトル『家族』に対して「死刑制度」である。
冒頭では、死刑制度についての問題提起がなされているが、次の段落では死刑(執行)という事態について書かれている。さらに「我々の社会を(是非はあるが)よりよりものとするために執行されている」という記述が眼を引く。
恐らく萩原の「戦略」だと思うが、突っ込みどころ満載である。
そもそも彼が言う「我々の日常」の「我々」とは誰か? 「我々の社会」の「我々」とは誰のことか? 「我々の社会」とは何を指すのか?複数人に共有されている共通の「日常」はあるのか? 社会成員が負うという「責任」とは如何なるものか? 「よりよりものとするために」と看做した論拠は何か? 死刑の執行により社会が「よりよくなった」とリアルに感じることが(萩原に)あったのか? 等々・・・。
もしこの「我々」が「公」に近い意味で用いられているとしたら、問題および疑問はより深くならざるを得まい。
本棚から引っ張り出した隔月刊「インパクション」156号で東琢磨が指摘しているように、本来ならば「公」はpublicであり、対義語はprivateである。publicはラテン語のpublicusから派生した語であり、同義語はpupulus=人々だ。つまりpublicには、そもそもpeopleの意味が内包されている。
ところが、この国においては「公」とはgovernmental=「官」となってしまって久しい。民営化と呼んでいるものが、本来は privatization=私営化であったのと同様に、この混同/混乱が社会におけるさまざまな機能不全のひとつの要因と思われる。郵政民営化を例にとって考えてみても、体制側の思惑は自明である。
公園といった(本来)パブリックな空間が、公共機関=官が代理的に管理=官が私営化している状況となって民営化と混乱され、私的空間における身体の取り締まりが公=官の利益に反するかどうかという議論にすり替えられることは、枚挙の暇がないではないか(テント演劇に対する取り締まりを想起してもいいだろう)先頃、高円寺で行われたトークセッションで、モレキュラーシアターの豊島が「統治装置」としての神宮/公園化について改めて指摘したことも、記憶に新しい。
しかも、こうした状況にあるだけでなく、たとえば、やはりインパクション156号に「遺書」が掲載されている藤波芳夫氏のような事例を、どう考えるべきか。
更生の見込みがない=死刑/更生の体制とプログラムが用意されていない/問題がある状況で死刑を正当化するために「更生の見込みがない」と裁判所が決め(つけ)る/更生の可能性の有無に関わらず死刑と公言された、一人で立つことも歩くこともできない73歳の藤波氏は、車椅子で運ばれ、抱え上げられ、首に縄をかけて突き落として殺された=執行された(2006.12.25)。
これが「殺人ではない」と断定できる材料を、果たして持ち合わせているか、しばし考えさせられる。死刑制度の前提は死刑を適用することである。「死刑を適用することができる制度」ではなく「死刑(適用)制度」であることに、注意したい。
同インパクション156号に掲載されている安田・小倉および池田・東両対談からは、厳罰(化)を煽動するマスコミ=厳罰を望む殺伐とした受け手のニーズがあること、ナチスではギロチンがデフォルトであり憎い奴=残虐に殺したい相手は絞首刑に処するが、日本では(モレマニにも書いたように明治の太政官令を引きずったまま)すべて絞首刑、という状況があることに、やはり門外漢の妄想子も改めて気づかされた。
これらのみを判断材料にするわけではないが、たとえば加藤周一『日本文化のかくれた形』(2004)に、
要するに、儀式と名目の複雑な象徴体系がある、極端な形式主義があって、集団の成員がそれを守っている限り、集団の秩序が保たれる仕組です。形式または規則を、守る側から言えば、それを守っている限り、何にも考えなくても、集団の中でうまく行く様に保障されているといってもよい。そのうまく行くということの中には、個人の安全、個人の安全の集団による保障ということが、含まれます。すべての体制順応主義者にとって、日本の社会は、非常に安全な社会です。
と指摘されるように、あるいはまた
アホ管理標語・管理放送の氾濫と無思考管理標語・管理放送は一方では言葉を信頼しない軽薄人種を量産し、他方自己判断能力の徹底的に欠如した怪物をつくり出す。こうして、管理放送・管理標語漬けによって、同胞は日々刻々と自己判断力を削がれ、言葉を気にとめないように訓練されるのであるから、末期ガン患者にモルヒネの量を増やすように、「お上」はますます管理標語・管理放送の量を増やさなければならない。(中島義道『〈対話〉のない社会 思いやりと優しさが圧殺するもの』(1997)
といった状況下において、萩原の批評的思考の水位はどこにあったのか? ここにも興味がある。いずれにしても、こうした妄想に耽る契機は『家族』にあったと言える。
ここで門外漢による死刑制度(の是非)などについて論を重ねるつもりはないが、戯曲『家族』を読んだ時点で感じていた、こうした機能不全状態の「日常」に対する別の視点からの再認識と状況分析、および原因究明の糸口へのアプローチが雌伏しつつ、裂け目のようにそれが露呈するような演出を期待していたことも、併記しておきたい。
こうした見方とは別に、たとえば
いうまでもなく、個人にとって外的であるようなかなり多くのものが、集団にとっては内的なものである。(ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論』)
といった「個人/集団」の裏返しの「接続」関係が十九世紀資本主義時代の特徴であったという鹿島茂の指摘(『パサージュ論 熟読玩味』)を想起すれば、現在の「個人/集団」の接続関係の状態を上演に「露呈」させるような方法もあると思われる。ここでいう「集団」を「家族」に置き換えて「個人/家族」とした場合、その接続関係はどうなるだろうか。家族という状況/制度に対する批評的眼差しがもう少し欲しかったような、ある種の消化不良を感じてもいる。
本作品では、死刑(判決)という非日常的な状況下に置かれた家族の日常を題材として、いくつかの問題提起が行われている。その問題提起を恐らく敢えて「緩い」水位に保つことで、逆にさまざまな読みが可能になっているとも思われる。
報道などを見ると、いまの日本においては、犯罪被害者による「公」への厳罰化の要求(自分=遺族等が犯人を殺してやりたい、ではなく、死刑にして欲しい、と「要望」する)のみならず、家族という制度に対しても、マスコミによる煽動の結果も含め、儒教を援用した管理制度の流れを引く共同幻想やぼんやりとした「べき論」が未だに蔓延っている状態が見受けられる。そこには、いまさら指摘するまでもない権力の構造も見て取れる。
しかし、たとえば次のような「公平性」を有する家族(制度)だったなら、「世間」にはどのように映るのだろうか。
母豚は昼夜ほぼ1時間おきに哺乳を行い、時間が来ると「ごはんだよぉ~」と独特な鳴き声で眠っている子豚たちを起こします。この声を聞いた子豚たちは「ゴハンだ!ゴハンだ!」と一目散に乳頭に突進!騒ぎ声が止んで、子豚たちが乳頭をくわえたことが分かると母豚は始めてお乳を出します。その時間はわずか20秒ほど、強い子豚が弱い子豚のお乳を横取りする時間などありません。(■ 畜産技術協会メールマガジン NO.8 ■(2006. 6. 9)より)
などと他愛もない妄想を書き連ねていたら、9月4日に、全国で初めて性犯罪を審理した裁判員裁判で、「求刑通りの実刑判決」という「異例」な判決がだされたという記事を目にした。
livedoorニュース
MSN産経ニュース
YOMIURI ONLINE
いわゆる「量刑相場」に囚われなかったことよりも、任意に籤で選ばれた裁判員による裁判員裁判において、被害者あるいはその家族が厳罰を望む場合、従来の裁判官が一定程度考慮していた被告の反省(等の弁護手法)を問わず、より重い量刑のほうに「判断が振れやすく」なっていくと思われることが懸念される。厳罰化自体の是非や各々の犯罪についての話ではない。こうした裁判員制度を導入した思惑とその背後にある構造、および裁判員制度自体を、批評的にモニタする視点を失ってはならないだろう。裁判員は「親身になってやった」と記者会見で述べたとのことだが、「法の適用」と「親身=主観的判断」とは必ずしも相容れないわけであり、危うさを感じさせる。
こんなことを『家族』を思い出しながら妄想した。
『家族』は「尾を引く」意味でも特徴がある。
日常/非日常の問題について、ここでわざわざジョン・ケージやフルクサスを引っ張り出すことはしないが、萩原が考えようとしたあるいは前提とした「日常」性とは何なのかによって、視方が変わってくるだろう。
萩原は続ける。
だから、死刑に賛成/反対するという議論は深めるべきだとは思うものの、個人的な興味はそこにはない。僕が興味をもつのは、処刑場の壁の色や、教誨師の念仏の音、執行ボタンを押す刑務官の指先、革紐のきしみや、縊死した受刑者の垂れ流す精液だ。それをリアルに感じ取れないのならば、合法的に人を殺めることに対して賛成も反対もあるものだろうか、と思う。
は、ひとまず理解することはできるものの、死刑制度に賛成/反対という議論のことなのか、死刑執行(自体あるいはその事態)に対してなのか、これらの組み合わせに対してなのかは、どうも釈然としない。萩原の「個人的な興味」はこのレベルにはないからか。あるいはこれは、直ちに制度批判論などが展開される死刑についての言説に対する萩原流のエポケーであり、私が気づいていない補助線が引かれているのかも知れない。
しかし、
ただし、「日常」と、軽々しく言葉にするが、それはとても強固なものだ。慣性の法則のように、我々は明日も生活を行っていることを容易く想像できる。その日常は、僕らを健忘症にし、不感症にし、いつの間にか死刑が行われていることなど忘れてしまう。そして、可動床が開かれるその瞬間にも、何事もない日常が繰り広げられている。決してそれが悪いことだとは思わない。残念なことに、僕の日常には、死刑を憂い続けるほどのゆとりはない。
昨日(7月28日)、3名の死刑が執行された。
にある「容易く想像できる明日(の生活)」は、妄想子のような熟年域にいる人間に限らず、共通の前提とするためには、ある条件付与が必要だろう。もちろん萩原は、のんべんだらりと暮らしている/流れていく日常と、その間にも行われている絞首刑による死刑執行とを対比させて問題提起しているわけだが、「日常」の定義如何では、そもそもこの対比が成立しない。「いつの間にか死刑が行われていることなど忘れてしまう」どころか元より興味も関心も思考もないのが、この国の「我々」の「日常」ではないのか? ここにまず切断線を引くかあるいは別の接線が連結されていれば、萩原の問題提起はより高い強度を備えることができたように思う。演出挨拶の最後に書かれた「僕の日常には、死刑を憂い続けるほどのゆとりはない。」という萩原流の「梯子外し」についても同様である。
閑話休題。
会場となった「遊空間がざびぃ」は、上井草村と上荻窪(久保)村の村境であった団子山の麓にある。荻窪の地名は、Wikipediaによれば「この地を訪れた旅人が辺に自生していた荻を刈り取って草堂を造り、観音像を安置し荻堂と名付けたことと、周辺の地形が窪地であったことによると伝えられる。」を由来とするようなので、まさにオギあるいはハギの原=萩原だったところであり、萩原が公演地として選んだことも腑に落ちる。
すぎなみ環境情報館によれば、ハギでなくオギの原だったようだ。
舞台装置であるダイニングテーブルの上には、オギならぬ赤いシクラメンが一鉢置いてあった。途中、暗転する中、このシクラメンにだけスポットがあたる時間がある。萩原によれば、この季節外れのシクラメンは、生産農家に残っているのを見つけて購入したものだと言う。とすれば、このシクラメンが持つ記号性についても考えておく必要があるだろう。
シクラメンは「豚饅頭」あるいは「篝火花」と称される冬の花であり、「死」「苦」の語呂から見舞花として禁忌されてる花だ。その「シクラメン」が戯曲および舞台に召還されている。赤のシクラメン=「嫉妬」を忌み/意味する。
赤のシクラメンはまた、曼珠沙華=死人花=ヒガンバナをも連想させる。Wikipediaによれば、「日本に存在するヒガンバナは全て遺伝的に同一であり、三倍体である。雄株雌株の区別がなく種子で増えることができない」とのことだが、何やらクローンで構成された家族=クローン家族を連想させられる。「全草有毒」という特徴からしてもそうだ。秋咲きのシクラメンは、ヒガンバナのように花だけが数多く咲き、その後に少し遅れて葉がでてくるそうだが、同じく Wikipediaによれば、韓国ではヒガンバナを相思華といい、花と葉が同時に出ることはないことから「葉は花を思い、花は葉を思う」という意味があるという。
シクラメンcyclamenとはもともとサイクラメン=「旋回する花」の意味だ。これは、落花した後に花茎が丸く円を描くように旋回しながら地面の方に曲がっていく習性からつけられたらしい。自家受粉した種子が少しでも発芽しやすいように、葉の間を擦り抜けて地面に種子が落ちるようにする(と思われる)システムだが、花が咲き(「婚姻」)種子が形成され(「出産」)た後に「発育に適した環境」にその「種子を届けようとする母体」と考えると、ここにも萩原がシクラメンを『家族』の中に召還した意味があるように思われる。中世でのシクラメンの用途だったらしい「蛇毒解毒」「魔除け」「惚れ薬」を考えても、さらに妄想できそうだ。
このように、嫉妬の意味を内包しかつ死人・クローン・毒・旋回・母体を連想させる赤いシクラメン(とそこへのスポットライト照射)は、象徴的な意味のみならず、作品の時間構造に変化をもたらすひとつのグラニュールのようにも機能していた。 cycleは周波数の単位でもあった(現在はhertz)が、周期性という意味よりも、Xenakisの言う「時間外構造」のようなものとして、観客の時間体験に影響を及ぼす装置となっていたのではないか。『家族』において「静かに進行」する時間内構造が、シクラメンにスポットライトが照射されるという短い「イベント」を機に変調され、違う時間内構造が一時的に併存するかのような体験をしたと記憶している。ここには音楽的な意味のヒントもある。
などと妄想しているうちに、駄文が長くなった。戯曲の読みについては次稿を期したい。
末筆ながら、萩原の最近の戯曲は「あるポテンシャリティ」を備えていると思われるのだが、作と演出が同一=萩原であることにより、戯曲が内包しているポテンシャリティが十分に発現しないことがあるようにも思う。萩原の戯曲に対して萩原の想定外の「読み」を行う演出、つまり別の人間による演出を経ることで、「かもめマシーン」における戦略と可能性の、そして劇作家としての萩原自身の「幅」も広がるのではないだろうか。

















